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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(行ツ)77号 判決 1968年11月05日

当事者 上告人 山口直彦

右訴訟代理人弁理士 松田喬

被上告人 特許庁長官 荒玉義人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田喬の上告理由について。

本願商標と引用商標とがともに「優勝者」の観念を生ずるもので、したがって、両者は観念の点において類似する商標であるとした原判決の判断は相当である。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 飯村義美)

上告代理人松田喬の上告理由

第一、原審に於ける経過

上告人は羅馬字を以て「Winner」と書した商標を(商標見本添付別紙第一号の通り)旧商標法第一条の規定に依り昭和三十一年十一月五日に特許庁へ出願し、其の商標を使用すべき商品(旧商標法第五条参照)は旧商標法施行規則(大正十年十二月十七日農商務省令第三十六号)第十五条の規定に依る「第六十五類運動具其の他本類に属する商品」であって昭和三十二年十月三十一日に出願公告(同法第二十四条に依り準用する旧特許法第七十三条第一項参照)があったが、訴外美津濃株式会社より登録異議の申立(同七十四条参照)があり、其の理由とする所は、登録異議申立人は商標登録第三九〇三三五号の商標権(商標見本添付別紙第二号の通り)を有して居り、此れは羅馬字を以て「Pennant Winner」と書し、其の下に「ペナント ウイナー」の片仮名文字を書して構成され、旧商標法施行規則に於ける第六十五類玩具及運動遊戯具を指定商品としているものであって、此の登録商標と本件商標とは外観及び称呼は相違するが、観念上類似商標であり、又両者間に観念連想が存するから商品出所の混同誤認を来たし旧商標法第二条第一項第九号及び同第十一号に該当すると云うにある。そうして其の登録異議の決定(同第七十五条第三項参照)は、本件商標と登録異議申立人引用の登録商標とは外観、称呼、及び観念の何れの点に於ても相違し非類似の商標であるけれ共、登録異議申立人引用の登録商標は、其の提出した証拠書類に依り取引者又は需要者間に広く認識された著名のものである事は認め得る所であり、本件商標は引用商標の一部である「Winner」の文字を書して成るものであるから、此れを其の指定商品に付いて使用する時は、恰も両者間に何か関連があるものゝ様に、商品に付き出所の混同、品質の誤認を生じさせる虞れが存し、旧商標法第二条第一項第十一号に該当するものとして、登録異議の申立は理由があるものとし、此れに依り本件商標登録願は拒絶査定(同第八十一条参照)された。

そこで上告人は、右特許庁第一審の認定に対し、事実の誤認と法律の適用を誤って居り、当然破毀すべきものであると主張して拒絶査定不服抗告審判を請求した(同第百九条参照)。其の理由とする所は、「(一)先ず特許庁第一審に於て登録異議申立人の引用した登録商標第三九〇三三五号を取引者又は需要者間に広く認識されている著名なものと認定する根拠は、登録異議申立人の提出した証拠にあるけれ共、其の中甲第一号証の一乃至同三は登録異議申立人の型録であって其の中に夫々唯一個所「Pennant Winner」と掲載されているに過ぎず、同号証の四は単に実物刻印(商標使用の態様)であると説明しているものであり、又甲第二号証の一乃至同一五二は証明書であって、其の証明の内容は登録異議申立人引用商標がペナント ウインナーと正式に称呼される事は稀で、ペナント印又はウインナー印と称呼されて取引されていると云う事の証明であり、其の著名商標である事の証明になっていない。従って此れ等証拠から登録異議申立人引用商標が著名であると判断する事は余りにも薄弱な根拠であり、且非論理的であって、到底排斥されるべき認定である事は免れない。」「(二)特許庁第一審に於て本件商標が出所の混同、品質の誤認を生じさせる虞れがありと判断する根拠は、本件商標が登録異議申立人の引用商標の一部である Winner の文字を書してなるものであると云う処に存する。然し此の様な認定は単に一片の抽象論に過ぎなく、然らば具体的にどの様な場合に出所の混同、品質の誤認を生ずるかと云えば其の様な事は到底想像できないし、又抽象論としても、商標に於て取引をする場合は、商標全体を認識して此れを行うものであるから、「Pennant Winner」と「Winner」とでは、其の認識が全く異別に為され、殊に日本人の頭脳水準に於ては両者間に出所の混同、品質の誤認を生ずる様な関連性は認める事ができないと思料する。従って此の認定は当然排斥されるべきである。」と云うにある。此れに対し、特許庁の抗告審判の審決は本件商標と特許庁第一審引用商標とは外観上異別の商標であるが、観念上、引用商標は一応「優勝旗」の観念が生ずるとしても、外国語知識の普及している今日、世人一般は「優勝旗獲得者」を意味する英語であると理解していると云わなければならないと判断し、「優勝旗獲得者」は、本件商標の観念である「勝利者」、「優勝者」と其の観念が類似するものと認められていること、社会通念に照らし相当とするものであるから、本件商標は称呼の類否の異同を論ずる迄もなく、観念上取引に於て混同誤認を生じさせる虞れが充分である。従って本件商標は旧商標法第二条第一項第九号に該当し、其の登録を拒否せざるを得ないと云う説示に依リ、上告人の主張を排斥し、「本件抗告審判の請求は成り立たない。」と云う審決を為した。

そこで上告人は東京高等裁判所へ特許庁の審決の取消を求める請求の趣旨に依り、特許庁を被告として訴えを提起した(同第百二十八条第一項参照)。其の理由とする所は次の通りである。「即ち本件商標は上記特許庁の第一審に於ける経過に於て表示した所であり、特許庁の拒絶理由引用登録商標第三九〇三三五号は「Pennant Winner」とローマ字で一連の状態を以て横書し、其の下に、「ペナント ウイナー」の片仮名文字を書して構成され、旧法施行規則第十五条に依る「第六十五類玩具及運動遊戯具」を指定商品とするものであって、昭和二十五年八月二十四日登録されたものである、仍って本件商標と原審引用登録商標と比較すると次の相違が存する。第一観念上の相違、本件商標の観念は「勝利者」、「勝ち馬」であり、原審引用登録商標の観念は、本件商標の観念が、複合語に用いた場合、「……を得る人」、「……を儲ける人」と云う様な観念を生じ、「breod winner」(パンを得る人)の様な使用方法に用いるものであるから、「Pennant Winner」は一般的な意味で優勝旗を得る人の観念が生ずるとするを至当とし、此れに「the」を附した場合のみ、優勝旗獲得者の観念が生ずるとするのが至当である。従って両者は観念上非類似の商標である。第二外観上の相違、本件商標は「Winner」のローマ字を横書したものであるが、原審引用登録商標は「Pennant Winner」のローマ字を横書し、其の下に「ペナント ウイナー」の片仮名文字を配したものであって、「Pennant」の文字、及片仮名文字が存する事に依り両者は外観上非類似の商標である。第三称呼上の相違、本件商標の称呼は単に「ウインナー」又は「ウイナー」であるのに対し、原審引用登録商標の称呼は「ペナント ウイナー」である。唯原審引用登録商標から「ウイナー」の略称が生じないかと云う懸念であるけれ共、略称にも社会通念上限界が存する。而して原審引用登録商標には「Pennant」の言語がある事と、「ペナント ウイナー」の片仮名文字が存する事、並に上述した様に両者の観念が全く相違している事に依り「ウインナー」又は「ウイナー」の略称が生ずる筈なく、殊に原審引用登録商標を「ウインナー」又は「ウイナー」と略称する時は全く意味の異った語になって来るから、即ち略称を使用すれば本来の商標から掛離れて、略称使用の意義が没却される故に、此の様な略称が生ずる筈がない。少くとも商標法上の称呼類似の観念に於て、其処迄略称が生ずるものとして顧慮する必要はない。従って両者は称呼上非類似の商標である。仍って両者は外観、称呼、及観念何れも非類似の商標である故に、商標全体としても非類似である事が歴然としている。」と云うに存する。此れに対し被告は「原告の主張事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件商標、原審引用登録商標の構成及び本件審決理由の要点が、いずれも原審主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決の認定は正当であり、原告主張のような違法な点はない」と答弁し、其の否認の論拠は「スポーツ用語等において、「Winner」と「Pennant Winner」と同じ意味に使用されていることは顕著な事実である」と云うに存する。そして原審裁判所は「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を行い、其の判決理由とする所は「原告は、本件審決は本願商標と引用商標とが観念上類似の商標であるとした点において判断を誤った違法がある旨主張するが、両者は、のちに説示するとおり観念において互いに類似するものと認めるを相当とするから、原告の右主張は、理由がないものといわざるをえない。すなわち、わが国における英語の知識の普及の程度をもってすれば、本願商標は、一般に、「勝利者」の観念を生じ、引用商標は、「優勝旗獲得者」の観念を生ずるものと認めるを相当とする。原告は、この点につき「Pennant Winner」という英語は、これに「the」の語を冠した場合にのみ優勝旗獲得者の観念を生ずるものである旨抗争するが、正確な英文法の論議は別として、わが国の取引者、需要者間における一般的な商標のもたらす観念の問題としては、このような定冠詞の有無によって、その意義、観念を異にすることはないと解するのを社会通念上、むしろ妥当とする。しかして、「優勝旗獲得者」は取りも直さず「優勝者」「勝利者」を意味することも、また、社会通念上、きわめて普通のことであるから、本願商標及び引用商標は、ともに「優勝者」の観念を生ずるものというに妨げなく、したがって、両者は観念の点において、互いに類似する商標であるということができる。引用商標から、「優勝旗を得る人」「ペナントを受けるに値する人」又は「ペナントを受けるべき人」の観念を生ずることは原告も自認するところであり、これらの日本語が、実質的に「優勝者」ないしは「勝利者」を意味することは、吾人の通念から明白なところであり、これらの語の意味するところが、本願商標の観念である「勝利者」と別異のものであるとすることは全く妥当ではない。しかして、本願商標及び引用商標が、ともに旧第六十五類運動具等を指定商品とするものであることは、前記のとおり、当事者間に争いのないところであるから、本願商標は、その余の点について審究するまでもなく、本件審決認定のとおり旧商標法第二条第一項第九号に該当するものといわざるをえない。以上のとおりであるから、その主張のような違法があることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。」と云うにある。そこで上告人は本件上告をなした次第である。

第二、上告理由

原判決が、「しかして、「優勝旗獲得者」は取りも直さず「優勝者」「勝利者」を意味することも、また、社会通念上、きわめて普通のことであるから、本願商標及び引用商標は、ともに「優勝者」の観念を生ずるものというに妨げなく、したがって、両者は観念の点において、互いに類似する商標であるということができる。引用商標から、「優勝旗を得る人」「ペナントを受けるに値する人」又は「ペナントを受けるべき人」の観念を生ずることは原告も自認するところであり、これらの日本語が、実質的に「優勝者」ないしは「勝利者」を意味することは、吾人の通念から明白なところであり、これらの語の意味するところが、本願商標の観念である「勝利者」と別異のものであるとすることは全く妥当ではない。」と判示しているが、本件商標と原判決引用登録商標との観念を比較するに、抑々原判決引用登録商標は英語に於ける名詞たる単語の「Pennant」と同「Winner」とを複合的に結合した語と云うべきものであり、其れは「Pennant」(長旗、小旗、優勝旗等の意味)にも非ず、「Winner」(同勝利者、勝ち馬、受賞者等の意味)にも非ざる特有の意味が生ずるとするを至当とし、其の複合語的意味としては我が国に於ては「優勝旗を得る人」の観念が生ずるを至当する。而して原判決引用登録商標が旧商標法上斯る観念を生ずる事に立脚すれば(此れを原判決認定の様に「優勝旗獲得者」の観念が生ずるとするも、結局上告人の云う「優勝旗を得る人」の観念と大同小異であり、優勝旗獲得者を優勝旗を得る人の観念と区別し得ると云うを得ないものであるから、上告人は此の点の原判決の認定を法令違背と云うものではない。)、本件商標とは原判決の判示する様に本質的な意味乃至帰納的な意味に於ては「勝利者」、「受賞者」等の意味に属する所がありと雖も、原判決引用登録商標は「Pennant Winner」として明かに「Pennant」の語が商標構成の一半をなしているものであるから、此れが本質的な乃至帰納的な意味に於ける「Winner」其のものゝ観念となし得ざる事はもとよりであって、本質に対する外延たるの関係が存する事は歴然たるものがあり、即ち本件商標の一般の意味に於ける勝利者、受賞者即ち戦争に於ける勝利者から運動競技に於ける勝利者中の特に「優勝旗を得る人」たるの観念が存するものとして本件商標「Winner」とは判然と観念的に区別が存するものである。換言すれば、「優勝旗を得る人」と「勝利者、受賞者」とは相等しからざる観念として、両者は相対立し、乃至相併立し、本件商標の勝利者、受賞者の観念に対して此れと区別するために、同じ勝利者であっても優勝旗獲得戦の場合の優勝旗を得る人の観念が発生するものであり、そうして商標に依り経済取引をする者は取引者に於ても需要者に於ても彼此商品を区別するに足る充分なる意識活動を以て、即ち両者商標を認識するためには、其れ等を積極的に知覚すると共に、消極的に思惟反省するものであるから、上記両者の観念上の相違を充分意識し得る事は寸毫も疑点のない所である。此れを要するに旧商標法上、観念類似とは商標相互に観念が相紛わしく、其の本質を同じくする場合を云うものであるが、本件商標と原判決引用商標間には、其れ等の本質を同じくするものがあるも、両者商標自体は観念が全く異別なものが存する。そうして旧商標法上、商標の類否は外観、称呼及び観念の三方面より観察して其れ等が何れも同一又は類似していない時に、旧商標法上異別の商標を構成するものとされる事は、旧商標法の法律解釈に照して何等の疑いのない所であり、此処に観念とは上告人が上述した所の内容を有するものであって、同法第二条第一項第九号に於ける「他人ノ登録商標ト同一又ハ類似ニシテ同一又ハ類似ノ商標ニ使用スルモノ」と云う規定に於ける商標の観念類似もまた上告人が上述した通りのものであるから、本件商標と原判決引用登録商標とが斯くの如く観念非類似の商標であるにも拘わらず、此れを旧商標法第二条第一項第九号に該当するものとした原判決の理由は原判決に重大な影響を及ぼす法令違背が存する事の譏りを到底免れない所である。

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